忘れられる権利

忘れられる権利とは

「忘れられる権利」とは、ネット上の個人情報、プライバシー侵害情報、誹謗中傷を削除してもらう権利のことです。「削除権」「忘却権」「消去権」などとも呼ばれています。英語では、「Right to be forgotten」といいます。

「忘れられる権利」なぜ作られたのか?

「忘れられる権利(right to be forgotten)」は、2012年1月に欧州連合(EU)が発表した「一般データ保護規則案」の第17条に盛り込まれ、注目を集めました。

インターネットの掲示板やブログ、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)において、プライバシー侵害や誹謗中傷、名誉毀損に苦しむ人が後を絶たたないことから生まれました。

過去を消したい

自分のプロフィールや写真など、プライバシーに関わる情報をインターネット上に公開した後、やはり非公開にしようと思い直すのはよくあること。子供の頃に無邪気に書き込んだ内容が、大人になって読み返すと恥ずかしく思えるということもあります。

また、元パートナーによる画像などの投稿によって不利益を受けるリベンジポルノは、全世界的に深刻な社会問題となっています。

拡散したデータを消したい

広く流布してしまった個人情報を消したい---。

この時、SNSなどのサービス業者に申請すれば、個人情報の削除を求めることが出来るのが「忘れられる権利」です。
法的な拘束力を持って保障されるものとしています。

衝突する問題点

「忘れられる権利」と「知る権利」の対立

「忘れられる権利」は、個人の都合によって情報を一方的に削除するものです。これを認めた場合、「知る権利」や「表現の自由」が損なわれると懸念され、議論になっています。

また、「忘れられる権利」が保障されるためには、掲示板やブログ、SNS、検索サービスなどを運営する業者の協力が不可欠です。これに対し、インターネット検索大手グーグルは「報道の自由に対する検閲である」と主張して対立しました。

法案整備したEUのレディング副議長も、「忘れられる権利」の条文運用には慎重さが求められる」と発言しています。

本当に抹消できるのか

本当にネット上に拡散したすべてのデータを消去することは可能なのか、という問題も指摘されています。

「忘れられる権利」が認められた場合、サービス業者側に大きなインパクトをもたらします。
広大なネットの海に散らばったデータの中から、当該情報を探し出し、これを削除するという義務と大きな負担を負うことになるからです。

「忘れられる権利」が認められた事例

「忘れられる権利」が認められた事例

2014年5月13日、EU司法裁判所が「忘れられる権利」があると判断した事例がありました。
スペイン男性が求めた「10年以上前に解決した債務記録のリンク削除」が認められたのです。グーグルにはリンクの削除が命じられました。

また、フランスの女性は若い時に撮ったヌード写真が、名前とともにネット上に流出され続けるため、グーグルにこの情報の削除を求めました。
2011年11月、女性は勝訴し、グーグルは当該データの消去を言い渡されています。

グーグルの対応

2014年5月の「忘れられる権利」判決を受け、グーグルは対応に乗り出し、社内上級幹部と専門家による委員会を設置。判決のわずか17日後には「忘れられる権利」専用の削除申請ページを開設しました。

ただし、グーグルは「忘れられる権利」の指摘のままにすべての当該個人の情報を削除するのではなく、「知る権利」をも両立させる努力をすると主張。当該個人データ削除の必要性の有無については、グーグルがひとつひとつ審査して行うものとしました。

データを削除するのか残すのか、最終的な判断はグーグルが行うという宣言―――これによって、プライバシー保護の基準を一民間企業に任せてよいのか、という新たな議論が巻き起こりました。

削除はEU域限定

問題はそれだけではありません。

グーグルの削除申請は、EU司法裁判所の判決による指摘通り、個人の名前が含まれていることや公開当初の目的から逸脱した検索結果が対象となっています。

そのため、削除するのはEU地域の検索結果のみ。

リンク先のサイトまでは追わないため、依然として情報は残ったままです。また、EU以外の地域、例えば日本などで検索すると、その結果は変わらず表示されてしまいます。

プライバシー保護と表現の自由

グーグルのもうひとつの対応

グーグルは、EU地域に限定して当該情報の削除を行ったことの他に、もうひとつの対応をしています。それは、記事の発行元に削除の事実を通知するということでした。

この結果、発行元であるメディアに該当記事が明らかとなってしまい、新たなネタにされてしまいました。その記事と削除申請をしたと思われる人物は、削除前よりも注目されてしまったのです。

プライバシー保護機関からは、「忘れられる権利」が台無しだという声が上がりました。

EUの不満

こうしたグーグルの対応から、欧州連合(EU)に「忘れられる権利」の適用範囲をEU地域の外にまで広げて、全サイトからリンクの削除をさせようとする動きがみられました。

また、当該記事について発行元メディアに通知するのをやめるようグーグルに求めているという報道もありました。

歴史の検閲か

歴史の検閲か

もともとはプライバシー保護の観点から、削除したいデータは個人が申請しているもの。
しかし、EU司法裁判所の「忘れられる権利」の判決のもと、グーグルの独断で情報が削除されたり、または残されたりしてしまうということは、単なる個人のプライバシー保護にとどまらない問題を抱え込むことになります。

歴史を検閲し、誰かの都合の良いように歴史を書き換えることにもつながると危険視する声もあったのです。

リベンジポルノ問題

「忘れられる権利」の効果がもっとも期待されるのは、リベンジポルノ問題ではないでしょうか。

リベンジポルノとは、元・結婚相手や交際相手によって、プライベートな写真や映像をインターネット上に流出されてしまうというものです。

欧米のネット規制

アメリカでは、リベンジポルノの専門サイトが存在しており、多くの人たちが被害にあっています。投稿の削除には、時間も費用もかかり、社会問題化しています。

2013年10月1日、アメリカ・カリフォルニア州で、インターネット規制の新たな法律が施行されました。
それは、個人的な写真や映像を、嫌がらせ目的でネット上に公開した場合、最高で禁錮6か月、または1000ドルの罰金刑に処されるというものです。当時の撮影が同意のもとであったとしても、ネット投稿に同意がなければ処罰の対象となります。

「表現の自由」の保障

しかし、カリフォルニア州のようなネットの法規制は「表現の自由」が失われるのではないかという声も多くあります。

フロリダ州でも同様の法案がありましたが、成立に至っていません。
「表現の自由」を保障した憲法に反するという懸念材料が捨てきれず、法規制に慎重な姿勢をとっているからです。

ここでも「忘れられる権利」と相反する「表現の自由」を、どう守っていくかの議論が繰り返されています。

世界的社会問題、日本でも

日本でも、リベンジポルノは深刻な問題となっています。

東京・三鷹女子高生刺殺事件

2013年10月8日、東京・三鷹で起こった女子高生刺殺事件は、フェイスブックで知り合った男女間の別れ話のもつれが原因でした。
すでに逮捕された容疑者は、犯行の6日前にツイッター(twitter)に被害者のヌード写真や映像を投稿。これが、インターネット上に拡散し、多くの人の目に触れることになってしまいました。

その上、被害者のプライベートな画像をまとめたサイトが作られたり、海外のサイトに投稿されたりして、個人情報のデータをすべて削除することは極めて困難な事態となってしまいました。

日本の対策

プライバシーに関わるデータは、一度流出してしまうと拡散を止めることは極めて困難です。

アメリカやEU地域と比べ、日本ではどのような対策が取られているのでしょうか。

現在、日本では「忘れられる権利」のような法制度は導入されていません。
国内のSNSサービス業者が各社でガイドラインを制定し、独自に対策しているのが現状です。

プライバシー保護や名誉棄損にあたる法規制のもと、削除要求が認められた実例は多くあります。しかし、ネット上に拡散した膨大な量のデータを探し出し、該当するウェブサイトひとつひとつに削除申請をするのは並大抵のことではありません。

日本においても、まだまだハードルが高い問題です。

ネット社会の秩序

ネット社会の秩序

リベンジポルノなどのプライバシー侵害情報に対して、インターネット社会の秩序やルールは、いまだ明確になっていません。

注目されているEUの「忘れられる権利」を含め、慎重に妥協点を探されているのが現状です。

ITの強みが弱みになる時

一瞬で情報が広められ受け止められるのがIT(情報技術)の強み。
一旦公開された情報は、他のサイトにコピーされたりリンクを貼られたりして、またたく間に拡散していきます。

IT最大のメリットが転じてリスクとなってしまう……そんなもろ刃の剣を使っているのだという自覚が、利用者自身を守るために必要になっています。

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